小泉内閣の「構造改革」によるODA予算の削減と、「テロ事件」後進められつつある危険な流れのなかで、平和憲法を持つ日本がどのようなかたちで国際貢献をはたすのかが大きな課題となっている。
本書では憲法第九条を持つ日本の立場からODAの歴史踏まえて徹底検証をした。
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第一章 戦後援助の体系と理念
1 戦後援助の体系
2 戦後援助の理念
第二章 戦後日本のODAの歴史
1 戦後日本の経済外交
2 日本のODAの発足
3 日本のODAの発展
4 日本のODAの量と質
5 冷戦後のODA政策
第三章 日本におけるODAの政策決定体系
1 ODAの政策決定環境
2 ODA政策の理念的基礎
3 日本型ODAの政策決定の方式
第四章 日本のODAの実施体系
1 ODAの実施手順
2 ODAの組織体系
第五章 東南アジアに対するODA
1 対東南アジアにODAの縁起
2 対東南アジア外交の中の援助
3 対東南アジアODAの転換
第六章 対中ODAと日中関係
1 対中ODAの政策実施過程
2 対中ODあの実施過程
3 対中ODAの効果と課題
第七章 他の地域の重点援助事例
1 中東に対するODA
2 アフリカに対するODA
3 中南米に対するODA
4 中央アジア・コーカサスに対するODA
結び 日本のODAの展望
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毎日新聞(2002/5/19付)書評
「削減」大合唱への被援助国からの反証
冷戦は終結し、世紀も千年紀も変わった。その間、日本には卒業し清算すべき「戦後」が少なくなかった。しかし、かつて成功を遂げたシステムを変えることができない。そこには既得権とその正義がある。だが世界の流れはますます速くなっており、変われない日本社会には急転落があるのみ、そういった焦燥感のただよう日本である。
こういう時にこそ、何を変え、何を守るべきか、しっかりした洞察を持ちたいものである。時運のおもむくところ、何でも変えればよいというものではない。負債を清算しようとして大事な資産を失う愚を避けねばならない。
ODA削減の大合唱に、私はその危惧を覚える。この国内不如意の中でヨソの事など構っておれるか。国内産業にとってウマ味がなくなった。中国はもらっていながらエラそうにしている。扱う役人や政治家がヒドい。欧米から批判され、途上国からも感謝されていない。冷戦後はアメリカもヨーロッパも、みんなODAを減らしている中、日本だけが突出している、等々。
こうして、日本がついにODAに大ナタを振るうに至ったとき、皮肉にも世界の潮流はODA再評価へと回帰している。テロとの闘いに腕まくり一辺倒と思われたブッシュ政権であるが、なかなかどうして、東京開催のアフガン復興会議で日本を応援しただけでなく、今後三年間でODA予算を一・五倍に急増すると大統領がメキシコで演説した。途上国の絶望的状況を放置することがどんなに高くつくか、やはり貧困や不公正を糾す(ただす)協力が必要であることが、戦さをやってみて分ったのである。冷戦終結後も地道に援助努力を続けていた日本は正しかったのだ。アメリカさんもやっと分りましたね。そう言って胸を張りたいところであるが、当の日本はまるで悪いことでもしていたかのように、うなだれてODAを減らそうとしている。今度は途上国の貧困間題に冷淡だと、米欧が正義の高みから改めて日本批判をするのだろうか。欧米のODAをめぐる議論の潮流は激しく推移し、しかもその都度普遍主義的信念に満ちている。
いい加減に振り回されるのをやめて、特に七〇年代後半からの四半世紀間の途上国の国づくりへの協力という戦後日本が行ったもっともよき対外行動にひそかな誇りを持ってはどうか。どうも観念論に流れ易い欧米の議論だけに支配されずに、本気で切実な国づくりにいそしんでいる途上国のODA論に耳を傾けてはどうか。
そこでハタと気がつくのは、これまで先進国以外の援助を受ける側からのODA研究書を読んだことがないという事実である。だからこそ本書をとりあげたい。本書はODAを受けてきた中国の学者による日本ODA研究の初めての出版である。
年配の中国の学者にはすぐ「日本軍国主義の再興」を語る人が少なくないが、・本書の著者は全く違う。実事を内側から把握して語る、世界のどこでも妥当する分析手法を身につけた新しい世代の学者の一人である。もちろん本書が展開しているのは紛うことなき中国の観点である。しかしドグマと国定方針の命ずるところを謳うのではなく、一つ一つ自分の目で見、自分の頭で整理した認識をもってつづられている。その点で誠実な研究であり、もし中国の対日政策が本書のような研究に導かれているのだとすれば、日本もエリを正して対応した方がよいであろう。
本書は、世界で展開されているODAを、「戦略援助」「開発援助=人道援助」に三分し、日本のそれは「開発援助」型であるとする。紛争周辺国への「戦略援助」を加味したり、冷戦後はODA大綱を政治的制裁手段に用いるのがめだつようになったにせよ、日本は軍事援助そのものはせず、途上国の発展のための経済協力という「長期的開発援助」を基調とする。戦後の賠償については、日本の巧妙なズルさに不興げな本書であるが、対東南アジアを中心とする日本の開発援助は、貿易・投資と結び合わせる「三位一体方式」により、「つまるところ、日本と被援助国の両方に利益をもたらし、積極的な役割」を果したと高く評価する。
同じ観点は、本書のハイライトである対中ODAにも貫かれている。中国が外国から受けたODAの四割が日本からの円借款である。他国の借款は、金額が小さく、返済期限が短く、利率が高いのに対し、円借款は金額が大きく、三〇年と期限は長く、利率は2.5〜3.5%と低いからである。その結果、中国内の鉄道電化の25%をはじめ、日本のODAが国づくりにどれ程役立ったかを具体的に事実を列挙して記している。その筋道は、かつてタイの留学生が神戸大学で提出した博士論文において下した日本の00Aへの評価と軌を一にする。本書は日本のODAが真に貴重なものとして活用されていることの現地からの報告である。実に意義深い協力であったことを確認し合いながら、援助関係を卒業して行く今後のプロセスを大事にしたいものである。鈴木英司訳。

東京新聞(2002/5/19付)書評
1950、60年代、海外市場開拓のための手段と批判された日本のODA(政府開発援助)も70年代以降はイメージが改善され、国際社会から一定の評価を得るまでになった。中国の若手研究者が、ODAを柱とする日本の非軍事外交の特徴や戦後の歩み、援助の実施手順や効果などを分析している。ODA予算の削減が議論される今、日本の援助外交を考えるのに格好の一冊。鈴木英司訳。
『国際協力プラザ』(財団法人 国際協力推進協会刊)
2002年5月号 新刊紹介
中国人によって初めて「日本のODA問題」を取り上げた解説書。日本のODAの理論、歴史とその重点的な事例を順を追って論述。特に中国との関係を背景に、日本にとって政治・経済外交の重要な手段であるODAについて、分析・研究がされている。
日中新聞(2002/5/28付)書籍案内
中小泉内閣の「構造改革」による政府開発援助(ODA)予算の削減と、米国の「テロ事件」後に進められている対立構造の危険な流れの中で、平和憲法をもつ日本がどのような形で国際貢献を果たすのかが大きな課題となっている。
同書は、特に中国との関係の枠組みを大きな背景として、日本の政治・経済外交における重要な手段としてのODAに焦点を当て、理論や歴史、現実を縦軸に、政治と経済の相互作用を横軸にした座標の中で分析を展開しその実態を明らかにした。
外の目で冷静にODAを観察、健全で優れた日中関係の論議を願う中国人によって書かれた、初めてのODA解説書。
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